スフィンクスゲーム~クルディスタンから来たニート~(愛される資格 ~いつの日も汝の上に~より改題) あらすじ

この戦争はまさしく、口撃力と攻撃力の戦いであった。念願の京都大学に合格した織河七海は入学式の日、考古学部の部室を訪れる。そこで出会ったのは十崎という掴みどころの無い男だった。七海は首尾よく入部したものの、先輩からのネチネチとしたイジメに悩まされる。
その窮地から七海を救い出してくれたのが十崎とその仲間のならず者にしか見えない九城という男だった。
交友を深める3人を余所に、イラク北部からウルと呼ばれる女が来日する。目的は、ウルがボランティアとして滞在する村の者が以前贈った遺物を
十崎から買い取ること。十崎はかつて、イラクで冥府からの声と呼ばれた、暗殺者だった。違法な遺物の取引に手を染めている
彼を見張るために米軍に雇われ、派遣されていたのがイラクで狂犬と恐れられた傭兵、九城であり、ウルの来訪を期に全てが七海に露見する。



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 窓からの夕陽が、六畳程の談話室をオレンジ色に染めている。
 七海は、黒田とテーブルを挟んで、差し向かいに座っていた。
 頭の中は、混乱したままだ。
 「織河」
 碇提督のポーズを取ったまま、しばらく無言だった黒田が口を開いた。
 「はい」
 「お前高校生クイズで、準優勝したことあるだろ」
 七海は、意図しなかった角度からの、パンチによろめいた。
 「……なんでそれを」
 高校生クイズといえば、名門高校同士、三人一組で争う超ハイレベルの大会だ。
 七海は大会で、本戦まで残った、たった一人の女子だった。
 「おまえさ、考古学以外に趣味はないのか? まだ一回生だろ。ちょっと肩の力を抜いたほうがいいぞ」
 七海はがっかりした。
 「なんでそんなに私を嫌うんですか? 動機が軽薄だったのは認めますけど……」
 「ムーって知ってるか?」
 歴史あるB級オカルト本の名を、出し抜けに聞かされ七海は、キョトンとなった。
 「あの学研のですか?」
 
 「あれの愛読者の成れの果てが、今おまえの目の前に、座っているいるわけだが」
 
 「……はい?」
 「どうしても、京大で考古学がやりたくてな。この大学に受かったのは、苔の一念てヤツだ。物覚えが良い方じゃなかったが、時間をかけてよければいくらでも頑張れた。そして時間だけはあった。友達がいなかったからな」
 自嘲気味に笑う黒田の横顔を、七海は信じられないものを見る眼で凝視した。
 「それで多くの説明は、要らないな?」
 「……後悔してるんですか?」
 七海はようやく、言語機能を回復した。
 黒田はアメリカ人のように、軽く肩をすくめる。
 「運のいいことに、嫌いじゃなかったみたいだ……もちろん俺がそうだったから他の奴らもそうだ、なんて決め付けるほど自惚れちゃいない。実際のところ、無理もないんだ。考古学をやりたいっていうやつは、みんな考古学を勘違いして門を叩くんだよ……俺や織河のようにな」
 黒田は恥ずかしそうに笑った。その笑顔には、何故か七海の味方をしてくれているらしい九城や十崎の影に、媚びている気配は微塵もない。ただ、ちょっぴり痛い過去に共感する者特有の、照れくささが見えるだけだった。
 「それはそれとして、十崎のサークルに入るのか?」
 「……わかりません」
 七海は迷っていた。
 最初は、部とサークルの掛け持ちなんか考えもしなかった。
 確かに高価な学術書が、ロハで貰えるのは魅力だ。
 サークルの活動内容も、いいかげんっぽいので、それほど勉強には響かないだろう。
 それに、サブカルチャーを含む、雑学の知識なら、自信がある。
 なにせ、クイズに高校生活の青春をつぎ込んでいたのだから。
 けれど。
 一番の揺れ動いている理由は、十崎の存在だ。
 今日のことは間違いなく、計画的な行動だ。
 十崎は七海を救う手立てを、考えていてくれたのだ。
 サークルに入れば、誰にもいじめられないのでは、という打算がないとはいえないが、 純粋に、十崎に対して恩義を感じているのも本当だし、そちらの方が間違いなく大きい。
 「あれって実際何のサークルなんですか?」
 七海は、黒田にも聞いてみることにした。
 「十崎の説明したとおりだ。まあ、ほかにも思いつきで色々やってるみたいだな。メンバーは一五人もいないと思うけど」
 「なんで考古学研究室でやってるんですか? 定員もいっぱいで余分なスペースなんてないんですよね?」
 そもそも、考古学部の活動は、一昨年まで週二回くらいで、写真部の部室を共同で使っていたらしい。研究室は院生や助手、ゼミ生だけでスペース的にもいっぱいいっぱいだったのだ。
 「九城は聴講生でな。学生じゃないんだけど教授も含めて妙なコネがあるんだ」
 「……十崎さんと九城さんて何者なんですか?」
 「本人達に訊け」
黒田は立ち上がった。
 「十崎のサークルに入ろうと入るまいと、ゼミの根回しは俺が手伝う」
 「え……」
 七海は驚きのあまり言葉を失った。今日はそんなことばかりだ。
 「やな思いさせたしな。理由はなかったわけじゃないけど、やりすぎた。いじめられるつらさは知ってるのにな」
 呟き、立ち上がり入口に向かう黒田を呆然と見送った。
 「それから俺の実家、三重の田舎でな」
 黒田はドアノブを回しながら、無表情にいった。
 「ガキの頃近くの滝に落ちた。しかも三回。 滝の裏に宇宙人の秘密基地があると思ってな。」
 七海が腹を抱えて笑い出したのは、ドアを閉じる音がしてしばらくたってからだった。
 「あはははははは!」
 顔を逸らし、体を折り曲げ笑う笑う。
 黒田に悪いとは思わなかった。彼がそう望んだのが分かったからだ。
 「あはははははは……はっはっ……はぐっ、ひっ、ひぐっ、ひっ、ひっ」
 七海の頬を涙が濡らし始めた。夕日が七海の未来を照らすかのように、その雫を茜色に染める。
 何年ぶりか……何年ぶりかに私に両手を広げてくれた人たち。
 居場所。
 私が一番欲しかった私の居場所。
 残照が談話室を、別世界のように暖かい色で満たした。
 拭っても拭っても涙は止まらなかった。
 
 七海が研究室の扉を開けたのは、すっかり日が暮れてからだった。室内にはノートパソコンのキーボードをを叩いている十崎がいるだけ。
 十崎が七海をみた。
 「いい顔になりましたね」
 「おかげさまで」
 泣き腫らした眼のままで、七海は自分に両手を広げてくれたもう一人の人物に微笑んだ。
 七海は以前うけとったまま返し損ねた入会用紙を突出した。
 「これ、お返しします」
 それを受け取った十崎は、用紙に眼を落とした。
 七海に目を戻し、十崎は魅惑的な笑顔を向けた。
 「九城に連絡しときます」
 なぜだろう。
 その向こうに砂漠の広がり、鼻孔を刺激する青く清冽な大気、突き刺さる灼熱の日差しが、七海には見えた様な気がした。
 この人の笑顔には、私の心を掻き立てる、何かがあるんだ。
 七海は体の中で鳴り響く、フルオーケストラのファンファーレに、背筋をぞくぞくさせながら思った。
 兄が言っていた。
 『ダンサーは、自分が選んだ曲で踊るもんやで』
 これから、何が始まるのだろう。
 自分が選んだステージ、全く趣味じゃない音楽は、かからないはず。
 ダンスホールに鳴り響くのが、どんな調べであろうと……私は壁の花になるつもりはない。
 ちっちゃい頃から、自分の足を踏みそうなドンくさいリズムでここまで来たけど…… 
おしゃれじゃない靴でも、素敵なステップは踏めるのだ。
ましてや。
 未だ自分を見つめている、十崎の微笑みに胸をときめかせながら、七海は笑った。
 一緒に踊ってくれる人たちは、なかなかに素敵そうだもの。
 今宵の一番手が、七海に手を差し伸べて言った。
 「ようこそDNCへ」


作者より

いらっしゃいませ。
まだまだ続きます!
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