スフィンクスゲーム~クルディスタンから来たニート~(愛される資格 ~いつの日も汝の上に~より改題) あらすじ

この戦争はまさしく、口撃力と攻撃力の戦いであった。念願の京都大学に合格した織河七海は入学式の日、考古学部の部室を訪れる。そこで出会ったのは十崎という掴みどころの無い男だった。七海は首尾よく入部したものの、先輩からのネチネチとしたイジメに悩まされる。
その窮地から七海を救い出してくれたのが十崎とその仲間のならず者にしか見えない九城という男だった。
交友を深める3人を余所に、イラク北部からウルと呼ばれる女が来日する。目的は、ウルがボランティアとして滞在する村の者が以前贈った遺物を
十崎から買い取ること。十崎はかつて、イラクで冥府からの声と呼ばれた、暗殺者だった。違法な遺物の取引に手を染めている
彼を見張るために米軍に雇われ、派遣されていたのがイラクで狂犬と恐れられた傭兵、九城であり、ウルの来訪を期に全てが七海に露見する。



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 ずんずんと早足で去って行こうとする七海を、九城と十崎の悪魔超人コンビはさほどあわてず追いかけた。
 「俺まだ食ってる途中……なつみん、ごめんて」
 「九城は、食べててください。よければ僕の分も」
 十崎は、後からついてくる九城を振り返り、自分たちの座っていたテーブルをさしていった。
 じゃあ頼むで、九城の声を背中で聴きながら、十崎は、七海の後ろ姿を追いかけた。
 「いや、悪かったです。ちょっとやりすぎました」
 十崎は七海の隣に並ぶと、かなりふくれっ面のまま、早足で歩く横顔にさほど悪びれもせずに言った。
 「ついて来ないでください」
 とげとげしく言い捨てる七海に、
 「大丈夫ですよ。僕ら以外は誰も見てません……決定的瞬間を」
 「ついて来ないでください!」
 「まあまあ……これもあなたがやってきたクイズと同じ、ルール内での戦いじゃあないですか。まあ、確かに説明が足りなかったのと、隙をついたのは認めます」
 七海の経歴を、黒田から聞いたのか、或いはその逆なのか。
 気にはなったが、七海はむくれたまま歩き続ける。
 「昼ごはん抜きってわけにはいかないでしょう? パンか何か奢りますよ。だからあんまり怒らないでください」
 七海の歩調が、心なしか落ちてくる。
 「織河さん、じゃないと僕は」
 十崎が、深刻な表情で続けた。
 「……アメンホテップ……三世」
 …………ぶふっ
 「……ああっ、ごめんなさい、間的につい。ちょっと、織河さん」
 十崎、そして自分自身に対する怒りという燃料を注がれたきれいなあんよが、さっきよりも速いスピードで前進を再開した。
 「……いや、悪ノリは僕の悪い癖です、怒ったままでも仕方ないとして、ちょっとこれを見てください。今朝言ってた景品です」
 今度は、横に並ぶ十崎から思い切り顔をそらしつつ歩く七海の目の前に、あるものを突き出した。
 いやおうなく、視界に入るものが何かに気づき……
 七海は我知らず、足を止めた。
 「それって」
 「きれいでしょう」
 それは円筒形の薄いブルーの物体だった。ハンコほどの大きさで側面に複雑な彫刻が施されていた。
 「円筒印章じゃあないですか……なんでこんなもの」
 「手にとってみてください。放しますよ」
 怒っていたのも忘れて、七海は、慌てて両手で受け取った。
 「きれい……私遺物を手に取ったの初めて」
 七海は、時間も場所も忘れて、ただ手のひらの上の、古代のハンコに魅入られた。
 「これ、大学の所蔵物ですか?」
 「いいえ。我々が手に取れるのは、実測のために置いてある、三角縁神獣鏡のレプリカぐらいでしょう。僕が個人的にイラクで、仕入れたものです」
 「イラク……冗談に聞こえないんですが」
 「それは本当です。旅行は好きなので、アジアをうろうろしていたんです。一年前の話ですが」
 これ以上七海を怒らせるのは、サークル脱退の危機と判断したのか、十崎の口調は優しいものだった。
 「まさか本物!?」
七海は素っ頓狂な声をあげた。
 十崎は楽しそうに笑った。
 「本物だったら闇ですごい値段がつきますよ
 「ためしにボケてみただけです。……きれい」
 十崎もその様子を楽しそうにみていたが、
 おもむろに言った。
 「差し上げますよ。約束の報酬って奴です。 あと、悪乗りしたお詫びと、ウェルカム・アワー・サークル」
 「いいんですか? わーいやったー」
 我ながら、賄賂によわいなアなどと思いつつも、綺麗なアイテムをもらって単純に嬉しかったし、正直、十崎がここまで素直に謝るとは思わなかったので、機嫌を直さざるを得ない。
 「ええ……あなたにならいいでしょう。これ一個だけしかないんで、大事にしてくださいね。」
 「はい!肌身離さず持ってます」
 七海が、ぴょんぴょん跳ねながら喜ぶのを、十崎は目を細めてみていたが、振動する黒い携帯を取り出し、画面を確認すると言った。表情は変わらない。
 「すみません。急な用事が出来ました。お昼からはあなたの不戦勝です。九も帰るんじゃないですかね」
 「二人でお出かけですか?」
 「いえ、そうじゃありません」
 十崎は、謎めいた微笑を浮かべた。
 「初めての、共同作業ってやつでしょうか」
 「?」
 
 「さっすがにくいきれへんな……」
 もしゃもしゃと、口を動かしながら九城はひとりごちた。
 その時、携帯からエアロスミスの着メロが流れ出し、九城は顔色を変えた。
 周りを見回すと、まだチラホラと学生がいる。
 舌打ちして早足で食堂をでる。その間も携帯はやかましく歌い続ける。
 「……はいー。おー久しぶり、はうあーゆーほーるどおんぷリーズ」
 階段を駆け降り、人気のない食堂裏に回ると、がらりと口調を変えた。
 「ご無沙汰しております、サー」
 よどみのないきびきびした英語だ。 九城を知るものがみたらびっくりするだろう。
 「……からかわれているのかとおもったよ、ジェイソン」
 太平洋を隔てているとは思えないほどのクリアーな音質で懐かしい声が、自分の通り名を口にするのを聞き、九城はおもわず苦笑した。
 「失礼いたしました、校内だったもので……」
 「そう硬くなるな。もう一年近くなるか……そっちでも相変わらず暴れているのかい?」
 「勘弁してください。やっと、普通の生活ってやつに慣れつつあるところです、サー。大佐こそ、相変わらずリングでKOの山を築いておられるのでは?」
 「……いや、最近はコート(裁判所)でくそったれた、人権派弁護士どもとの、血を流さないボクシングがメインだよ」
 「想像がつきませんね。バグダッドの方が、お似合いですよ」
 二人は笑い合った。
 「イラクでは、一年近く本当にお世話になりました」
 「世話になったのは。こっちの方だ。今もまだ世話になっている」
 「とんでもありません。本社から指名をいただいたときは、大佐の名前を聞いて本当に驚きました」
 「今の会社はどうだ? まあ、以前いた、デザート・ローズ社に比べればどこでもマシだろうが」
 現在籍を置いているPMC――民間軍事会社――ツイン・トリガー社で九城は、長期休暇扱いになっており、 傭兵稼業は休職中だ。一ヶ月、八〇万近く稼いでいたので二年くらいは働かなくても平気だ。
 「まったくです。悪くないですよ、後から撃たれる事もないし」
 その時、九城の脳裏に、思い出したくない光景がフラッシュバックした。
 吐き気と目眩がする。まだ軽口を叩ける段階には、至っていないようだ。
 「……だいぶいいいようだな。安心した。……どうした?」
 「いえ、なんでもありません。それで例の件ですか?」
 「そうだ、動き出した。エージェントから連絡があった。運び屋は若い女だ。特徴は……」
 九城は、電話の向こうの大佐が述べる、女の特徴を録音しながら暗記した。
 「で、運び屋がこっちに到着するのはいつですか?」
 「明日の、二〇一五時、新関西エアポートだ」
 「……! 急ですね。準備が間に合うかどうか」
 「他のPMCの、手を借りるのかね?」
 「いえ。もしものときは、日本の警察に頼ります。こちらでの女の仲間は、何人ですか」
 「日本で人を雇ったらしいが、正確な人数は分からない、ただ、その中心人物はサイヤーラと呼ばれているらしい。今回は私個人の依頼だからカンパニー(CIA)のバックアップはない。すまない」
 「いいえ。何とかなりますし、なんとかしますよ」
 そう答えながらも、九城の中で、得体の知れない不安が広まっていった。
情報は命なのだ。
加えてあまりにも、準備期間が無さ過ぎる。例え、相手が女ひとりであったとしても全く油断できない。テロリスト等は女性の方が残虐な場合が多い。その強がりを悟ったかのように大佐は続けた。
 「すまない、ジェイソン……今回は君個人への依頼という形になってしまった。君の会社を通じて依頼するのが筋なんだが、報酬の面で……」
 「次お会いしたときには、一番高い酒をおごってもらいますよ」
 九城はそれを遮る様に、ことさら明るい声で言った。
 大佐は、笑いながら言った。
 「そいつは、高くつくな……頼むぞジェイソン」
 「その呼び名はやめてください」
 九城も笑いながら答えた。
 メールで資料を送ると言って、大佐は通話を終えた。
 食堂にもどると、食べかけの食事はテーブルに置かれたままだった。人影はさっきより減っている。さっきの話で食欲は失せていたが、九城はいくらか残った物に手をつけ、トレイを返却コーナーに戻した。歩きながら携帯を開くと大佐から英文のメールと写真が送られてきていた。子供達と一緒にいるところを気づかれないように撮ったものらしい。件の運び屋の顔を拝んで九城は短く口笛を吹いた。
 「美人だな……」
 
 
 アラディンたちと別れて一〇分後、ウルは空港構内のカフェに腰掛け、豆を直接淹れるトルコ式コーヒーをすすっていた。
 甘ったるいチャイに慣れている舌には、久しぶりに飲むそれは、なんとも苦い。
 黒い水面を見ながら、ウルは今後の事を考えた。一年ぶりに日本へ戻る事になったのに郷愁は感じなかった。
 それほどいい思い出が、あるわけではない。
 むしろ今の村が、自分の居場所である気がするのだ。体に流れるクルド人の血が呼んでいるのだろうか。
 父は日本人だが、母はアラブとクルドのハーフで、祖母の時代に移住してきた中東系アメリカ人だ。ハワイで結婚式を挙げ、二ヶ月もしないうちにウルを出産。勿論計画的なものだ。そのため、ウルは日本とアメリカの二重国籍で、二一歳になる今年中にどちらかの国籍を選択しなければならない。
 幼少をアメリカで過ごしたが、911で有色人種への風当たりが強くなったため、高校を日本で過ごし、日本の看護専門学校にすすんだ。
 いったい、私は何人なのだろう?
 いつもの自問自答を繰り返す。
 そのこともあって、看護学校を卒業すると同時に、独りでイラクの親戚を訪ねた。難色を示す父、猛反対する母に就職前の最後のチャンスだから、クルド人がイラク国内でクルディスタンと呼称している北部は、日本並みに治安が良いからという説得で押し切った。
 母に反発したのはおそらくそれが初めてだったろう、湧き上がる小さな勝利感を抑え切れなかった。
 ウルはあの事件以来、示現流剣術を習い始め、性格がほぼ一八〇度変わった。
 拍子抜けするほど、近代的なクルディスタンで二週間が過ぎ、外へ出るのが億劫になり始めた頃だ。ボランティアをしている親戚のおばさんの勧めで、歩いて三〇分ほどの山岳地帯にある、アラブ人達が住む難民キャンプを訪れた。治安がよいため、イラク北部のクルディスタンと呼ばれる地域は、南部からの難民で溢れかえっている。クルディスタンには、アラブ人の子供達しかいない小学校もあるぐらいだ。
山岳地帯にある、うち捨てられた民家や倉庫に住み、ゴミの中から遊べるものを探している子供達の姿に、彼女はショックを受けた。
 自分にも何か出来ないか。
 そうしてなんとなく始めたのが、ボランティアで、就学前の幼児たちを含む子供達に、青空教室を開講することだった。
 開講当初から、時間を持て余していた子供達で、授業は盛況だった。胡散臭い目で見ていた、村の者たちも回を重ねるにつれ、同じ色の肌を持つ、彼女に気を許すようになった。
 妙齢で美しいウルは、たちまち男達の好奇の的になったが、彼女自身がクルド人の血を引くイスラム教徒で、親の決めた婚約者がいるというハッタリも加わり、妙な考えを、起こすものもいなくなった。
それでも一部の、真剣に求婚してくる男たちには辟易したが。
しかし、地雷だらけの――それでも治安はいいのだが――クルディスタンからなかなか帰国しないウルに母は激怒していた。
 しつこくイラクを出国するよう電話をかけてくる、一代で財を築き上げた強烈な個性を持つ女傑とは、結局ケンカ別れになったままだ。ウルが世話になっている親戚や、事情を聞いたハシムらは心配して、一度お母さんのところに戻るべきだとしきりに言われたが、頑として受け入れなかった。
ここが私の居場所なのだ.
 そうして一年が経った。
 カフェに入ってきたアラディンとアリが視界に入りウルは思考を中断した。
 二人ともウルと反対側の壁の席に座った。
 もちろん他人の振りだ。
 ややあって二人連れが入ってきた。
 片方はベレー帽を被り片足を引きづった中東系の老人、もう一人はチャドルを着て縁取りの濃い目だけを出した小柄な女性……子供かも知れない。
 アリはその姿を見つけ、大げさな身振りで立ち上がり――中東では普通だが――声をかけた老人はうれしそうな顔で近づき、抱擁しあい、鼻がくっつくような距離でお互いの親族の無事を確かめ合った。 女性は気遣わしげに、無言で老人に寄り添っており、アラディンも無言で立ち尽くしている。
 しばらく大声で久しぶりに会ったかのようなやり取りをした後、老人と握手をしてアリとアラディンは立ち去った。
 ウルに、ちらりとも視線を移さなかったアラディンは、やはりえらい子だ。
 二人は、やはりウルから離れた場所に座ると、ウェイターに飲み物を注文した。
 搭乗時間ぎりぎりまで、時間を潰した二人は店を出た。
 ウルもその後を、離れて追う。
 もしもの時のために、空港内の三人が見える位置に、アリらは待機しているはずだ。
 
 ドバイの空港で、初めてウルは老人の供をしている女性の素顔を見た。
 アルビルからの便が発着する、ターミナルⅡのトイレから出てきた時は、それが彼女だとまったくわからなかった。
 連れの老人の隣に、腰掛けるまで判らなかったのだ。
 正直驚いた。
 思ったとおりローティンの少女だったが、
 ジーンズにスニーカー、ポニーテールにした黒髪をインディアンズロゴの入った野球帽で押さえつけているというそっけないいでたちでも……
 はっとするような美貌は隠せなかった。
 黒目がちで透き通るような白い肌、桜の花びらのような唇、ほっそりとした体に長い足……雑誌のグラビアでも、なかなかお目にかかれないような典雅で線の細い美少女だ。ただ、左頬に張られた、大きな絆創膏がやたらと不似合いだった。
 これから日本への直行便に乗るので黒いチャドルを脱いだのだろうが、目立つのは変わらないだろう。
 願わくば、審査官が彼女に見とれてくれたら……美人というのも考えものだな、自分の容姿に無頓着な彼女は己のことを棚に上げてそんな感想を持つと、読みかけの雑誌に眼を戻した。
 
 
 保安検査官の石本豊は、この職業について五年になる。金属探知機を手にしたまま、ころころとキャリーバッグを引いて近づいてくる少女に、眼を奪われずにはいられなかった。
 五年……いや三年後には一体どんな美人になってんだ?
 ジーンズにラフなトレーナー。
 服って美人を引き立てることは出来ても、逆は無理かも、などとぼんやり考えていた。
 背筋の通った、それでいて嫌味な感じのしない歩き方。
 顔を赤くしてよっこらしょ、と検査台にトランクを載せる姿まで、何かの一シーンに見える。
「麻薬、その他違法なものはもってませんね?」
三〇半ばの、同僚の女性検査官が、トランクを開きながら語気鋭く声を掛ける。
 女性は女性が検査する、というのが原則だ。 惜しい。
 少女は、一瞬きょとんとしたが、あわてて何度もうなずいた。
 次の瞬間、
 「……きゃっ! だめ!」
 あわてて、開いたトランクに飛びつく。
 一瞬周りが色めきたったが、はっとしたかのように、少女が真っ赤な顔で後ずさった。
 華奢な掌で、覆い切れなかった可愛らしい下着類が、トランクにつめられた荷物の表面に散らばっていた。
 「ごめんなさい……隠すの忘れてた」
 うつむいて、消え入りそうな声でつぶやく彼女に、険しい顔をしていた眼鏡の女性検査官は、噴出してしまった。
 「女同士でしょ、気にしないの」
 石本も、萌えずにはいられなかった。
 かわええ。
 薄いブルーやピンクの下着が眼に焼きついている。
 「はい。結構です」
 女性検査官が、まるで姉のような笑顔で言った。
 少女は赤い顔のまま
 「ありがとうごめんなさい」
 とつぶやくと、早足で行ってしまった。
 
 ウルは、パスポートコントロールで、旅券を入国審査官に差し出した。
 彼は一ページ目をめくり、ウルと顔写真を見比べる。
 審査官は、しばらくパスポートを触って確認していたが、スタンプを押すと言った。
 「日本へようこそ」
 その一言は、ウルの裡に複雑な感情をもたらした。





作者より
こんにちわ。きのう、何気に日曜洋画劇場の「0の焦点」をみてたのですが、中谷美紀怖かったですね。ホントに電車男のエルメスさんとおんなじひとなんでしょうか・・・
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